掛け率の話

ここで言う掛け率とは、小売店仕入れる際の値段の、メーカ小売希望価格に対する割合の事。小売店はメーカ小売価格で仕入れて、メーカの小売価格で売っている訳じゃない。何割か安い値段で仕入れて売る事で、その差分を利益として経営を成り立たせている。この利益から、デュエルスペースの家賃や光熱費、店員の給料などを捻出している。
一般論から言えば、小売店にとって、掛け率は低ければ低いほど売上を出し易くて良い。
だから、小売店の店員っぽい人が、2chのWSスレに、ブシロード製品の掛け率が高い件に付いて、自分の給料が安い原因だって文句を書き込むのは当然のことだったりする。

木谷高明氏がプロデュースするTCGは、掛け率が高い。木谷氏は、ある理念から高くしている。それは、『ヴァイスシュヴァルツ 五箇条の御誓文』にも挙げられている「地方のカードゲーム活性化」に強く結びついた内容である。
この理念は、『アクエリアンエイジ』の「ジャッジサミット」や「意見交換会」と呼ばれたユーザと製作者側が交流するイベントや、他の新規タイトルのカンファレンスで何度か説明されている内容である。
その内容を説明する前に、少々長くなるが私の昔話を聞いていただきたい。

昔話

私がTCGに手を染めたのは1995年。
アメリカでMTGがブームとなり、それが日本に輸入され始めた頃。
初めて触ったタイトルは、勿論MTG。自分は大学生で、ボードゲームTRPGを遊ぶサークルに所属していた。そこにMTGを持ち込んだ方が居たのだ。
基本セットが第3版「リバイズド」と呼ばれていた時期で、追加エキスパンションで言うと「Fallen Empires」の時代である。
無論、日本に販売代理店などないから日本語版などなく、全部英語版だった。
この時代にカードを買うには、並行輸入をしている店で買うか、個人輸入をするしかなかった。
だから、御茶ノ水書泉ブックマートで「Alliances」を1パック200円で買ったり、新宿西口のトライソフトで第4版や「IceAge」を1箱7000円ぐらいで買っていた。サークルのメンバーと共同で個人輸入した場合も、これより安い値段で購入してた。ちなみに、当時の為替レートは今より円高で、1$が100円を切っていた時期もあった。

その後、悪名高きホビージャパンが日本での販売代理店の地位を獲得する。HJから日本の小売店にパックが卸されるようになった。小売価格は1パック500円前後。MTGの1箱は36パックだから1箱買うと18,000円であった。

2倍以上の馬鹿高い金額なんぞ、とてもじゃないけど支払えなかった。
大学のサークルで個人輸入を続けたり、並行輸入業者からカードを買ったりしていた。
この当時、MTGを遊ぶ場は大学サークルの集まりだった。
暫くして、俺は地元に戻った。有志の開く大会に参加したり、小売店デュエルスペースに足を運んだりして、MTG仲間を増やした。そんなMTG仲間にも、個人輸入並行輸入業者の利用を紹介した。通信販売なのだから、みんなで送料などを分担すればより安くカードを買える。共同購入する仲間を増やすメリットがあったのだ。
その頃、MTGは大ブームを迎えており、甲府みたいな地方都市でも非公認ながらも大会を開けば70人以上の参加者を集めていた。最盛期には100人を越す参加者を集めていた。
並行輸入業者の数も増えた。
日本語だけで手続きのできる大手の並行輸入業者の小売価格は、問屋が小売店に卸す値段より安かったのだから、MTGのヘビーユーザはなおさら小売店にお金を落とさなくなった。
その結果、どうなったか?
MTGのバブルが弾けた時、カードショップは軒並み潰れた。
MTG主体の店は無論、他の国産TCGも手広く扱っていた店でさえ、生き残れなかった店が出た。

上記より、俺が得た結論は以下だ。
安 売 り は T C G を 滅 ぼ す 。

実際の所、MTGのバブルが弾ける前に、俺はMTGを辞めている。
日本国内を流通しているパックと、個人輸入並行輸入で入手できるパックの値段差を考えると、とても国内の小売店でパックを買う気になれない。しかし、遊ぶ場と言うのは小売店が用意してくれるデュエルスペースが主体となる。
カードを買わないけど小売店デュエルスペースで遊び、小売店が開催する大会に参加すると言う行為に良心の呵責が耐え切れなくなり、MTGを辞めてしまった。
とは言え、TCGと言う面白い遊びを手放せる訳が無い。国産TCGに主体を移した。

ちなみに、俺が2002年にアクエリの全国大会に優勝し、一時的ながらも強い影響力を得たと感じた時に書いたのが、『アクエリのプレーヤーが絶対にやってはイケナイ事。』(http://www.geocities.co.jp/Playtown-Denei/7422/aquarianage/c0-3.html)と言うコラムである。今回の話に関係のある内容なので、後でこちらにも目を通して頂きたい。

木谷氏が掛け率を高くする理念とは

デュエルスペースを提供し、大会を開催してくれる小売店は、その分の経費がかかって居る。
それに対し、量販店や通信販売店は上記の経費がかからない。
値引き競争をした場合、軍配が上がるのは、かかる経費の少ない方である。

TCGはインフラビジネスだ」との理念を掲げ、新規のTCGタイトルを売り出す際には向こう1年分ぐらいのイベントスケジュールを提示して、ユーザに遊び場がある事を保証する木谷氏からすれば、応援したい小売店というのは、デュエルスペースを提供し、大会を開催してくれる小売店の方である。
値引き競争をさせない為に、どう言う手段があるか?
その答えが、高い掛け率なのである。
掛け率を高くする事が小売店を価格競争から守る事になるのは、以下3点の理由からである。

(1)まず単純に、量販店や通信販売店が値下げできる幅が減る。

(2)デュエルスペースを提供する小売店が一定割合または一定金額の経費を計上せざるを得ない場合、元の金額が高い方が、経費計上による値段の割合が小さくなる。

c.f.
定価400円、デュエルスペースの維持費などで10%の差が付くと仮定した場合
掛け率65%:量販店や通信販売店が70%で売るなら280円、デュエルスペース提供の小売店が80%で売る事なら320円。
掛け率80%:量販店や通信販売店が85%で売るなら340円、デュエルスペース提供の小売店が95%で売る事なら380円。
これらを予算3万円で買った場合、買えるパック数の差は、掛け率65%なら14パックなのに対し、掛け率80%では10パック。

(3)量販店の場合、宣伝目的で原価割れの大割引を行う事があるが、掛け率の高い商品は宣伝目的で原価割れの大割引を行われにくい。
宣伝効果を狙った原価大割引は、単純に客引きになるだけでなく、消費者に『安く売っている』と言う印象を与える事を狙っている。割引率が高い程、宣伝効果も高い。
しかし、原価割れで売る場合はリスクがある以上、元から掛け率の低い商品を選ぶ事になる。

上記の理由から、掛け率が高いと、量販店・通信販売店と、デュエルスペース設置の小売店との価格差は小さくなる。価格差が小さいなら、ユーザの思考も「通販で安く買うより、割高でもデュエルスペースを提供している地元の店で買う」方に流れ易くなる。

短絡的な思考をすれば、掛け率が低い方が小売店の経営が楽になる。
しかし、それは掛け率が低くなっても、掛け率が高い場合と同じだけの売上がある事が前提での話となる。
掛け率が低い場合、量販店や通信販売店はより多くの値引きが可能で、ユーザは小売店で買わなくなる。

「掛け率を高く設定すれば、価格競争が起こり難くなり、デュエルスペースを提供して店舗大会を開いてくれる店を守れる」これが、木谷氏が掛け率を高く設定する理念である。
地方の店にとっては、通信販売店と価格競争をしなくて良いのだから、地方のカードゲーム活性化にも繋がってくる。

インセンティブ

ここから先は余談になる。
単純に掛け率を下げても、小売店の経営は楽にならないという事は説明した通りである。それでも、小売店の経営に厳しい部分がある。
「掛け率が高い商品は入荷できない」と言うのは小売店の本音であろう。
そもそも、木谷氏が何でユーザ相手に掛け率が高い理由を説明したかと言うと、「ユーザが扱ってくれる販売店を増やそう活動しても、高い掛け率を理由に断られる」と言う事実があって、掛け率を下げられないか?と言う要望が出たからである。

掛け率を下げられないなら、別の手段で補うのが理想的である。特に、木谷氏の注文通り店舗大会を開いている店舗には、掛け率が高い事に対する埋め合わせは必要ではないだろうか?
つまり、店舗大会を開いてくれる販売店にはインセンティブを出してやれと言いたい。
別にインセンティブと言っても、現金である必要は無い。店舗大会の上位賞として提供しているプロモーションカードを、店舗で自由に使える枠としてもう1枚増やしてやるだけでも、随分と変わる。
売店とすれば、シングル売りするなり、予約特典に回すなり、売上に転化する手段はいくらでもある。メーカ側として高いコストがかかる訳ではない。

D0では既に「小売店でご自由にお使いください」と言うプロモの配布を何度か行っている。

言い換えるなら、これを市場価値の高いカードでもやって欲しいと言う事だ。しかも、販売店側が売上として計算しやすいように定期的に。