自己嫌悪

D0のユーザカンファレンスで俺がした質問って、MtGプレーヤーからすれば当たり前過ぎる内容だよな。
あ、俺は、アクエリユーザにD0はアクエリみたいな事はしないって点を宣伝する為に質問した木谷会長の回し者じゃないですからねw

あと、カンファレンス無いで子供向け文化に対する一般論とDM・遊戯王に関連して、こんな話が出た。「子供にはヒーローは1人でよい。例えば『ウルトラマン』は常にウルトラマンが勝って終わるから子供に受け入れられる。これが、怪獣が勝ったり、ウルトラマンの別の兄弟が出てきて勝ったりと、色々な話の終わり方のパターンがあると、子供はついていけない。で、提供する側から見て、1人のヒーローで満足している子供たちの中に、そういうワンパターンに冷めてる子供に居られると、かえって有害。出て行ってもらいたい」
この後に、「DM・遊戯王で満足できない子供はD0に移ってもらいたい」と言う発言が続くと思っていたが、そうはならなかった。これの裏を読むと『アクエリの競技性・ゲームバランスに満足できない人は、D0に移って欲しい』って事を木谷会長は言いたいと言うことに成るのではないか?
つまり、木谷会長は「アクエリは捨てない。D0を作ることでTCG人口自体が増えて、結果としてアクエリに流れるユーザも増える」とは言っているものの、D0を作ったことでアクエリは萌えとカジュアル性に特化したTCGの道を進み、ゲームとしての面白さ(エキスパンションを重ねる毎にカードパワーの上げなくてもカードが売れるゲームバランス、分かりやすくて整合性の取れたルール、公正な競技性、など)に関してユーザの要望を満たすものにはならない(と言うか、ブロッコリーサイドで改善案を示しても、開発陣が受け入れない)と言うことではないだろうか?
クライアントの意向に沿ったデザインをするって点では、遊宝洞は実績あるしな。